スタメンなお茶の話

普段の飲み物って、みんなどうしているんだろう? 浄水器のお水? それとも緑茶? わが家の普段の飲み物と言えば「ムソーの三年番茶」。定番入りを果たして15年以上が経つ、なかなかに古い付き合い。

子どもたちが小さい頃、足しげく通っていた自然食品店があって、そこではお店につくと、まずお茶が出てくるというシステムだった。秋冬にはヤカンで沸かしたあったかいお茶が、春先や夏場には冷たく冷やしたお茶が。バタバタとせわしい毎日のなかで、ホッと一息つく時間。狭い店内で品数が多いお店ではなかったけれど、「喉を潤してから、ゆっくりお買い物してくださいね」そう言われているような気がしてとても心地よかった。同じ“買い物”なのに、スーパーでバタバタと必要なものをかごに入れ、レジへと急ぐ時間とは大違い。

目次

  1. 紅茶のような番茶!? に出会う
  2. ちょうどいい味ってあるよね
  3. スタメンがいてくれる安心感とともに

紅茶のような番茶!? に出会う

私はずいぶんと長い間、その店で出してくれるお茶を「紅茶」だと思い込んでいて。なんてスッキリした香りのいい紅茶なんだろうと思っていた。ほら紅茶って種類によってはカフェインがけっこう強いし、茶葉によっては渋みを感じることもあるから。だけどこの紅茶は香りはほんのり甘くって、渋さを感じない。

その店に通うようになり数ヶ月経った頃だったか、同じお茶を家でも飲んでみたいと思うようになった。そこで思い切って店主さんに尋ねてみたのだけれど……。「この紅茶、どこのですか?」一瞬、店主さんが「えっ?」と驚いた表情をした。そうだよね、こんなこと聞くのって失礼だよね。自分が大事にしているものって、そう簡単に人には教えたくないよね。(すみません、と心の中で謝る私)

しかし店主さんから返ってきたのは「そこにあるお茶ですよ。三年番茶って書いてあるそれ」という言葉。指さされた先には「お徳用」という言葉がどんと書かれた、黄色いパッケージのお茶が置いてあった。なんだ、買い物に来るたびに目にしていたこれだったのか。

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ちょうどいい味ってあるよね

えっ、ちょっと待って。紅茶じゃないの!? 私の中で、番茶の概念がひっくり返った。なんとなく番茶って洗練されていないイメージで。緑茶がシャッキっとクリアな感じなら、番茶はモサッとした濁りある感じだし。紅茶が、ときに花のような香りで優雅な時間を提供してくれるものだとするなら、番茶は田舎のおばあちゃんちを思わせるようなどこかホッとするような、懐かしさを感じさせてくれる香りだし。

でも、この番茶は違っていた。香りも味も、すべてがちょうどいい感じ。ちょうどいいってどんな感じかというと、毎日そこにいてくれたらうれしいという絶妙なバランスとでもいうかな。それから15年。わが家の食卓には欠かせない存在となったのでした。

2リットルのヤカンに茶葉を入れ、沸かすのが私の日課。夫も子どもたちもそれぞれに水筒を持って出かけるので、みんなの分の水筒を入れたら、1度目はほぼそれで終わり。さらに食事の時用にもう1回、ヤカンいっぱいにお茶を沸かす。冬場はサーモスの保温ポットに入れてダイニングテーブルに。夏場は冷やして冷蔵庫に。

和食でも洋食でも中華でもイタリアンでも。なんならスイーツにも。どんな味の邪魔をしない、なかなかにマルチな奴。お徳用の袋は450g入りで1,000円ほどなんだけど、2リットルあたり大匙1~2入れれば十分だから、1袋で数ヶ月は持つ計算。めっちゃコスパがよくて家計にも優しいのだ。

スタメンがいてくれる安心感とともに

そんな感じで、この15年はお茶に困っていなかったわが家だけれど、最近、新メンバーが仲間入りした。それが写真にうつっている桜野園のほうじ茶「和」。こちらは普段使いというよりも、ちょっと仕事がんばったなーとか、おいしいおせんべいをもらっちゃってーというときに淹れたくなる、私にとってはとっておき。

ほうじ茶って普段使いのイメージだけれど、わが家にはスタメンとしてムソーの番茶があるから、桜野園のほうじ茶はちょっぴり特別バージョンで。ヤカンではなく、急須でゆっくり淹れて楽しんでいる。

おいしいお茶があると、それだけで毎日が豊かになる気がする。特に私は在宅で働いているので、お茶の時間は気分転換の時間であり、充電の時間。飲む時間はもちろんだけれど、お湯を沸かして→急須に茶葉を入れて→ゆっくりと抽出し→湯呑に注ぐ。そんな時間を1日の中に持てるかどうかで、自分の中にどれくらい余白があるのかを計れる気がする。