私なんて、を横に置いて

柄にもなくヨガにハマっている。

柄にもなく、というのはつまり運動神経のない私が、開脚も90度ひらけばいいほうのガッチガチに身体の硬い私が、という意味。

ヨガをやってみたいという気持ちはもうずいぶんと前からあったのだけれど、たとえばクラスに参加するとして、経験者の人たちや柔軟な体を持つ人たち、あるいはスタイル抜群な人たちの中に、自分という存在を投入してしまうことに、とてつもない怖さを感じていた。

アーサナ(ポーズ)ができなかったらどうしよう。
こんな体型の人が参加して笑われないだろうか。
こんなに運動音痴で呆れられないだろうか。
こんなに体力がないくせに、よく参加したなって嘲笑されないだろうか。
一度やってみたところで、続けられるだろうか。

まあ、やらない理由を探せばいくらでも出てくるもので、そんなことを頭に描くたびに「ないないない……私にヨガなんて似つかわしくない」と勝手に判断し、一歩踏み出すことを躊躇してきた。

上に並んでいる言葉を見ればおわかりのように、いかにかっこ悪い自分を人様に見せたくないか、醜い自分を自分自身が見たくないかっていうところに私のウィークポイントはあるわけだけれど。(そしてこれは、人と比較して落ち込むというだけでなく、人と比較して自分の優位性を証明したいという高慢さを持ち合わせてもいる)

でも頭でわかっているからといって、その障壁をエイっと乗り越えて、やりたいことを掴みにうけるかというと話は別。自分のことが世界で一番可愛いからこそ、できることなら「傷つきたくない」というのが正直な気持ちな気持ちだし、その気持ちを優先した結果「やらない」選択をしてきたことが人生でたくさんあったような気がする。(ありすぎて思い出せないほどに)

そんな私が、今、週1でヨガのレッスンを受け始めて1年とちょっと。途中、膝を負傷したりといったトラブルに見舞われつつも、なんだかんだ続いている。そんな自分にブラボー!なのである。

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Lotus Pad Omuta

photo by Lotus pad Omuta

でも、

アーサナ(ポーズ)ができなかったらどうしよう。
こんな体型の人が参加して笑われないだろうか。
こんなに運動音痴で呆れられないだろうか。
こんなに体力がないくせに、よく参加したなって嘲笑されないだろうか。
一度やってみたところで、続けられるだろうか。

っていう、ヨガを始める前に抱いていた不安がなくなったかというと、そんなことはない。今でもヨガのレッスン中に何度も同じような感覚が襲ってくる。

ヨガの先生をはじめ、ヨガ歴の長い人は実にしなやかな身体とメンタルを持っているように感じるし、それを目の当たりにするたび、ふぅっとため息が漏れる。純粋に憧れるし、尊敬する。

でも、それだけじゃあなくって、「私にはできない」「私はあんな風にはなれない」という悲しみや絶望感がいつもそこにはある。1時間半のレッスン、その大半をそんな「私なんて」という絶望や虚無感に包まれながら過ごしているのだ。

でもそういった自分にとっては好ましくない感覚や感情、思考をただ受け入れて感じて、そして手放していくのがヨガの真髄らしい。瞑想を通して、呼吸を通して、ポーズ(アーサナ)を通して。

ここ数年、自分に優しくとか、自分の心地よさを優先、みたいな言葉が良く聞かれるようになった。でも自分に優しくするって、すごく曖昧な言葉だと思っていて、私の場合は時に「自分に優しく」を「自分に甘く」に転換してしまうクセがある。

だって、そのときはラクなのだ。自分に甘くするのってとってもラク。そして自分に優しくした気にもなれる。もちろんすごく頑張ってるとき、疲れているとき、とても傷ついたとき。自分に甘くすることが大切な時はあるよね。そんな時は思う存分、自分に優しく、自分に甘く、自分を労わればいいと思っている。

けれど、私の場合「自分に甘く」をやりすぎてきた感があり、その結果、何かにトライするという選択肢を与えてこなかったのかもしれない。

本当にやりたくないことなら、やらなければいい。選択しなければいい。
でも本当にやりたいこと、本当に好きなこと、本当はチャレンジしてみたいことがあるとき、自分に優しくという判断基準からいくなら、間違いなくGoなのだ。

それがたとえ無残な失敗に終わったとしても、思うような結果が出ず、継続すらできなかったとしても、とりあえずGo。その選択を自分に与えることこそが「自分に優しくする」ってことなんじゃないかなと。

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Photo by Lotus pad Omuta

そんな時間をもたらしてくれるヨガの時間。オンラインのレッスンだから全国から(時には海外からも!)様々なメンバーが顔を合わせて集うのだけど。レッスンはもちろんのこと、レッスン前の参加者同士のシェアリングの時間がとても好き。

体調、メンタル、人生のあれこれ。「今、自分が感じていること」を言葉にする。SHIHOKO先生の限りなくフラットかつクリアなファシリテーションに沿ってみんなで分かち合う。

いやあ面白いくらいにシンクロしているもんね。何度も顔を合わせているなじみの方はもちろん、初めましての方だってそう。意識の深いところで、私たちって繋がっているんだなあということに降参せざるを得ない時間。

そんな繋がっている私たちが、みんなそれぞれの場でそれぞれに生きていて。なんだかそれがとても美しいなと心が震えるのです。